エリーは自分が犠牲になることを分かっていたのか?:「The Last of Us」

Part I
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ワクチンを作るための犠牲

ラストオブアスの最終チャプターは、寄生菌に対する免疫を持っているエリーを犠牲にしないとワクチンが開発できないことをマーリーンに聞かされたジョエルが、ファイアフライからエリーを救出するという流れです。

エピローグに入ってからのエリーの態度やラストシーンのやりとりは、エリーがジョエルに対して不満を持っているようにも見受けられます。ここから、エリーは自分が犠牲になってでもワクチン開発を進めてほしかったと考えていたのではないかという疑問が浮かびます。

この記事では、ワクチン開発において、エリーは自分が犠牲になることを知っていたのかという点と、自分が犠牲になってでもワクチン開発を進めてほしかったのではないかという点について考察します。

自分が犠牲になることを知っていたのか?

まず、自分が犠牲になることを知っていたのかという点についてです。この点については、「知らなかった」という可能性が濃厚です。その根拠として、作中でエリーが未来の話をしていることが挙げられます。

季節が春に移り変わり、バスターミナルからキリンを見たあとでエリーはジョエルに対しこの旅の目的を完遂する決意を示します。その直後「これは終わらせないと、そしたら好きなところに行こうよ」という提案をしているのです。

さらに、トンネルでは「水泳教えて」という発言もしています。

ワクチン開発に協力した結果自分が死ぬと知っていたとしたらこういった話題は出さないのではないでしょうか。

また、エリーがファイアフライの研究施設に行くことになったのはマーリーンの指示によるものです。マーリーンとエリーの関係は作中のマーリーンの日記だけでなく「American Dreams」でも描かれていますが、お互いに積極的に関わったというものではなくマーリーンが見守っていたという関係に近いように思えます。エリーは東コロラド大学にある研究施設の詳しい場所も知らされていなかったほどで、マーリーンから自分が死ぬと聞いていたということも考えにくいです。

こういった作中の描写から、エリーはワクチン開発において自分が犠牲になることは知らなかったはずです。

自分を犠牲にしてでもワクチン開発を望んだのか?

では、エリーは自分が犠牲になってでもワクチン開発を進めてほしいという考えを持っていたのでしょうか?

ラストシーンで、エリーはライリーの言葉を引用して「私はまだ待ってるの」、つまり菌に感染したライリー、テス、サムに続いて私も死ぬ順番を待っているという旨の発言をしています。このことから、エリーはワクチン開発のために犠牲になることが自分の死ぬ順番、デイビッドが言うところの運命だと考えていた、と見ることができるかもしれません。

しかし、免疫提供によってエリーが死ぬことを知っているのはジョエルを操作していたプレイヤー視点だからであって、エリーがトンネルで気を失ってからトミーの街へ向かう車中で目覚めるまで、エリー自身が知る機会はありませんでした(車中での「何よこの格好」という発言から一度も目覚めていないと分かります)。そのため、作風の描写のみを見ると先述した自分が死ぬことを知らなかったエリーがその考えに至ることはないはずです。

一方で、エリーがその考えに至らなかったとすればジョエルに対して「私はまだ待ってるの」という発言をした意図が分かりません。

エリーは、車中でジョエルの話を聞いたときに自分が死んでいた可能性に考えが及んだのではないでしょうか。ジョエルが話す事の顛末はあまりに嘘くさいものでした。自分たちが死ぬ思いで聖マリー病院までたどり着いたらそこにはエリーと同じ免疫を持つ人間が何十人も集まっていた、などという話をエリーが信じるはずがないのです。

話を聞いたエリーはジョエルが世界を救うワクチン開発をやめてでも自分をファイアフライから遠ざけた理由を考え、自分が犠牲になることが条件だったという正解にたどり着いたのだと想像できます。そして、それが自分の死ぬ順番だったはずだと思い、自分の気持ちを分かってくれなかったジョエルに反発してラストシーンでの「私はまだ待ってるの」という話をしたのではないでしょうか。

エリーは知らなかったが望んでいた

結論として、エリーはワクチン開発において自分が犠牲になることは分かっていなかったが、自分が犠牲になってでもワクチン開発が進むことを望んでいたと考えられます。

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